創立の事情

 社会福祉法人「後人社」は昭和44年10月31日 当時の厚生省より
認可を受け設立されました。設立認可申請書には、
第2種社会福祉事業として保育所「若草保育園」の設置経営を
行うことが記されています。
後人社は佐藤千恵子氏を設立代表者として申請されました。
佐藤千恵子氏は静岡県清水市に於いて事業を営む佐藤一郎氏の
夫人であり、戦後3人の子供が小学校へ入学し、卒業するまで
十年以上に亘りPTA副会長を務めたことをきっかけに、
「母親と教師をつなぐ連絡会」を結成し、会長として30年以上
生涯を通じて自ら中心となって大きく発展させる原動力となりました。
この間子供の幸せと健全な成長を願う平和運動、女性の社会的地位の向上を目指すといった一般的な社会運動に加え、学校の新設や歩道橋の設置など地域固有の課題にも取り組み、成果をあげました。
こうした社会的活動の一環の中で「働く母親が安心して子供を預けられる保育所をつくりたい」という願いを抱いたのは極めて自然ななりゆきではなかったかと思われます。

 佐藤千恵子氏の社会的活動を物心両面で支えたのが佐藤一郎氏の存在です。昭和43年当時、旧清水市は公立、私立の既存保育所により一応の保育需要は満たされている状況でしたが、隣接する旧静岡市では新興住宅地として急速に発展してきた西脇地区で共働きの家庭が増加して、従来の乳幼児の保育施設では不足となっていることが認可申請の趣意にもうたわれております。

 結果的に施設の敷地は佐藤一郎氏名義で取得し、最初の園舎は佐藤千恵子氏と建設会社との間で工事請負契約を結び、その金額の寄附申込を行い、佐藤一郎氏は認可された法人との間で賃貸契約を結ぶこととして施設の運営を
スタートしました。
若草保育園開園は昭和45年4月1日初代園長は理事長兼任で佐藤千恵子氏が就任いたしました。(佐藤千恵子氏が亡くなったあと理事長に就任した佐藤一郎氏は敷地を後人社に寄贈されております)
「後人社」の命名は佐藤一郎氏によるものであり、「後からくる人のために」という英国の社会学者ハロルド・ラスキの言葉から名付けたと伝えられておりますが、出典は不明です。

 これらの事情から、「後人社」の創立は佐藤一郎・佐藤千恵子夫妻の協力によるものである事をあらためて確認したいと存じます。

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